からだと九つの鳴物

 ナオじいちゃんと隣のトメさんの話の続きです。

「教会で月次祭に九つの鳴物を演奏するのは、以前に話した人間のからだの九つの道具の理を表している」

「つまり、人間は目耳鼻口両手両足そして男女一の道具を使って、陽気ぐらしをすることが出来る。それをおつとめで表すために九つの鳴物があるのじゃよ」

「へえ、そうですか」

「それじゃ鳴物と人間のからだの道具と同じ九つなので、一つ一つが繋がっているんですかい?」

「おまえさんの言うとおり、一つ一つ繋がっておる」

「ひとつクイズをしよう」

「目は鳴物でいえば何だと思うかの」

「目ですか。全然思い浮かびませんね」

「目は女鳴物の琴じゃ」

「琴には十三本の糸がある。人間の目には多くの神経が繋がっていると言われる。似ていると思わんかね」

「耳は鳴物では三味線、耳には三半規管と云う身体のバランスを保つための大事な器官がある。三味線の三と三半規管の三と、語呂合わせのようじゃが」

「鼻は鳴物では胡弓、鼻で行う呼吸と胡弓、これも語呂合わせじゃが」

「また呼吸は吸ったり吐いたりを切れることなく続けるのと同じように、胡弓の演奏は弓を右に左に止まることなく動かす。似ていないかな」

「女鳴物の三つはすべて顔にある。顔は笑ったり、泣いたり、怒ったり、と心が顔に表われる」

「教祖は『女はな、一に愛想と言うてな、何事にも、はいと言うて、明るい返事をするのが、第一やで。』と仰った」

「口は男鳴物の笛。ここから男鳴物になる。笛は口で吹く、鼻で吹く人はいないだろ」

「顔はここまで、次は首から下」

「左手は鳴物ではチャンポン、右手は拍子木」

「チャンポンも拍子木も、右手と左手をタイミング合わせて打たないと、良い音が出ない」

「つまり、協調性がないとだめだと云う事」

「足は右足が鳴物では太鼓、左足はすりがね」

「太鼓もすりがねも足が付いている鳴物だから」

「拍子木もチャンポンも両手がないと打つことが出来ないが、太鼓とすりがねは、片手でも打つことが出来る」

「だから、片手がない人や不自由な人がおつとめを勤めるには、地方、太鼓、すりがねという選択肢があるのじゃ」

「最後に、男女一の道具じゃが、これは小鼓」

「小鼓は、表と裏の皮がある。二つで一つの小鼓が出来る」

「男女一の道具も、二つがないと役に立たない」

「このからだの九つの道具と鳴物の関係は、いろんな説があるそうじゃ。でも、わしはこの説が一番すっきりと胸におさまっておる」

「へえそうですか。でも納得がいくような気がしやす」