孫の雄介君が遊びに来ました。
「ユウスケ、四月十八日は何の日か知ってるか?」
「知ってるよ、おやさまの誕生日だろ」
「ほう、よく知ってるな」
「少年会で聞いたもの」
「それじゃ、おやさまが生まれた年は知ってるか?」
「知らない」
「教祖は寛政十年、江戸時代の終わり頃にお生まれになったんじゃ」
「寛政十年は西暦で言えば一七九八年、だから教祖は今年の四月十八日には二百十八才の誕生日を迎えられるんじゃ」
「二百十八才、すごいね!」
「教祖のご誕生日には、おめでとうございますと云うお祝いの言葉と、ありがとうございますと云う感謝の言葉を、わしは言いたい」
「アメリカ先住民には、子供が生まれると、その子供は幸せを与えるために生まれてきたと信じていて、それでありがとうと云って祝う習慣がある」
「教祖は人間の母親としての魂と、世界中の人間に陽気暮らしをさせる使命をもってお生まれになったのだよ。云わば私たちを幸せにするために生まれてきた」
「だから、ご誕生日にはありがとうございます、と云いたいのだよ」
「ふうん、でも、何故おやさまは人間の母親なの?」
「えらい、よくその事に気が付いた。さすがわしの孫じゃ」
「それでは、その分けをこれから話しよう」
この世の元初りは、どろ海であつた。月日親神は、この混沌たる様を味気なく思召し、人間を造り、その陽気ぐらしをするのを見て、ともに楽しもうと思いつかれた。
そこで、どろ海中を見澄されると、沢山のどぢよの中に、うをとみとが混っている。夫婦の雛型にしようと、先ずこれを引き寄せ、その一すじ心なるを見澄ました上、最初に産みおろす子数の年限が経っつたなら、宿し込みのいんねんある元のやしきに連れ帰り、神として拝をさせようと約束し、承知をさせて貰い受けられた。(天理教教典第三章)
「教祖はこの『み様』の魂をもって生まれられた方なのじゃ。うを(ぎ魚)は父親、み(巳)は母親、だから教祖は人類の母親の魂をもっているのじゃよ」
「そして、最初に産みおろす子数の年限(九億九万9千九百九十九年)が経っつた時、これは天保九年十月二十六日の事だが、親神様が教祖に降りられて月日の社と云うお立場になられたのじゃ」
「周りの人たちが教祖の事を生き神様とお慕いしたのも、親神様との約束があったからなのじゃよ」
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